昔のことなんて誰も覚えていない

私の遠い知人に、顔に大きなほくろのある人がいて、それがずっと嫌だということで、いよいよそれを取り除くことにしたんですね。
顔にほくろがあると目立ちますし、やっぱり嫌だと思うんですね。体にある目立つ特徴というのは他人がそれほど気にすることがなくても、本人は気になってしょうがない。それが全体的な自信のなさに繋がっていくんですね。
しかし、こういったものは取ればそれでいいという単純な性質のものではありません。過去に、ほくろが存在したという厳然たる事実があるのですから、ある日、顔からそれがなくなっていたら、「ああ、この人、ほくろをとったんだな」と理解されます。
それだけでなく、「ああ、この人、ほくろがあるのを気にしてたんだな」と理解されます。
ですから、自分が気に入らない身体的特徴を取り除くことは、はコンプレックスの原因を除外するためですが、取り除いたことで、コンプレックスそのものが明るみに出てしまうという難しさを抱えます。
さて、話を戻して、私の知人はほくろをとることにしました。おそらく総合的に見ればやはりとったほうがいいと判断したのでしょう。
それからしばらくして、小学校の同窓会があったんですね。小学生のときは当然、ほくろがあったわけですから、今のほくろのない自分は、第一に誰だかわからないという危惧があります。同窓会で、「どちらさまですか?」と言われることほど寒いことはありません。参加そのものを後悔させる質問です。第二に、もう既に乗り越えたはずのコンプレックスそのものを明るみに出すという苦難に再び向き合わなくてはありません。これは結構嫌だと思うんですね。
整形手術をして、しばらくして昔の知人に会って、「えー整形したのー」と大声で言われることほど嫌なことはありません(そういう人はどうかと思いますが……)。

では、彼女は同窓会でどのようなリアクションをされたのでしょうか。
誰ひとり彼女にほくろがあったことを覚えていなかったのです。



人の記憶力は案外大したことがないものです。大きな変化に戸惑いがあるとしたら、それが他人からすれば、ささいな変化に過ぎないことを覚えておきましょう。